「壁ドン」が流行語大賞の候補にノミネートされた2014年霜月。
ノミネートされた壁ドンとは『(主に)男子が女子に迫っていき、壁際に追い詰めて壁に手をドンと音の鳴るように置き、逃げ道を塞いで強引なキスや言葉責めを行う』みたいな意味らしいですが、そんなフクザツな乙女心なんか知ったこっちゃありません。
「壁ドン」とは後にも先にも、共同住宅の隣部屋から聞こえてくる騒音(主観による)に苛立ち、怒りの矛先をその薄い壁に拳によって叩き付ける行為のことです。拳によって発生し壁を伝って隣部屋に届いた波動には「静かにしろや!」なる声に変換されて、騒音を発生させている人の耳に届くかどうかは、その人の空気読める感度に比例すると言われています。

好みの楽曲を好みのオーディオ機器で楽しむ「音楽鑑賞」は、自発的に行っている当人にとっては快適な時間を得られるものですが、隣人にとっては騒音でしか無い場合がほとんどです。
それでもまだ好みに合致した楽曲が高音質で聴こえてくるのならば許せるかもしれませんが、中音域や高音域はほとんどが壁より向こうには伝わらず、低音域のみがズンズンズンドコと伝わってくるので、バランスが悪すぎて楽曲の良さも伝わってこず、消化不良感が増すばかりで不快度指数が増すばかりでしょう。

共同住宅にて音楽鑑賞を趣味とする人は、スピーカーのボリュームを必要最低限に絞ったりだとか、お金を掛けて防音構造の内壁を導入するだとか、ヘッドホンやイヤホンで聴くなどの方法で、隣部屋に音が伝わらない方法にて鳴らしているのが普通かと思います。
その中でも、小さい音量ながら音の発生源を耳元に極端に近づけることで充分な音量を得られるヘッドホンリスニングは、高音質と臨場感を得るには欠かせない方法と言っていいでしょう。

ヘッドホンリスニングを行う上で、キーワードに上がってくるのが「ヘッドホンアンプ」です。
「アンプ」とは増幅装置の事であり、オーディオにおいては、再生機器から発した音の信号を観賞用に適した音量(ボリューム)に大きくする回路および機器を指します。
ボリュームつまみやボリュームボタンが付いている機器の中には、必ずアンプの回路があります。

こちらの記事では、アンプの中でもヘッドホンでの理由に特化した「ヘッドホンアンプ」の存在意義と恩恵について記載します。ヘッドホンでの音楽鑑賞で音質をグレードアップしたい人には特に参考になるかと思います。

jade casaレビュー6
上の写真は以前レビュー記事を書いたORBのヘッドホンアンプ「JADE casa」と、beyerdynamicのヘッドホン「T1」です。
beyerdynamic製品は、日本国内ではティアック社の業務用機器ブランドである「TASCAM」にて代理販売しており、業務用として必要とされるモニターライクな音を提供するヘッドホンが揃っています。その中でも最上位機種である「T1」は、古来より電話線や業務用機器に用いられている600Ωのインピーダンスにマッチングするのが特徴のひとつとなっており、民生用としてだけでなく業務用としての利用にも向いているようですね。
しかし、民生用のオーディオ機器やPCのヘッドホン出力端子は、600Ωの入力インピーダンスを有するヘッドホンを駆動(ドライブ)させられるだけの出力レベルが備わっていない場合が多く、駆動力のあるアンプを別途用意する必要が出てきます。最近この「T1」を鳴らし切る駆動力を持つヘッドホンアンプとして同社が「A2」という20万円近い価格の製品をリリースしました。国内代理店のティアックでも、製品ページで明らかにT1が組み合わせられているヘッドホンアンプ「HA-501」が用意されています。

このような高インピーダンスのヘッドホンを、駆動力が足りないヘッドホン端子(の先にあるアンプ)につなぐとどうなるか?
駆動力が足りないだけで、鳴らないことはありません。が、極端に音が小さくなります。ボリュームを上げればそこそこ音は大きくなってきますが、音の芯が細くなり痩せた音になります。痩せた音、というのを文章にして伝えるのは難しいのですが、有り体に言えば迫力が欠けます。ダイナミズムが低下します。平坦な音になります。
逆に、駆動力が出力先(ヘッドホン)にとって充分確保されている場合には、大きくうねるような音と、小さく囁くような音の両方がキッチリとリアリティある音として聴こえます。臨場感やら音場感が増します。エフェクターなどでエコーやリバーブなどを追加しなくても、楽器本来の響き(余韻)が伝わってきます。
つまり、駆動力が足りないアンプでヘッドホン(もちろんスピーカーも)を鳴らした場合は、ヘッドホンが本来出せるダイナミックな音を出しきれない、とても勿体無い状態にしてしまうのです。
音が素晴らしいと評判の高級なヘッドホンを持っているのに、ヘッドホンアンプを導入していないせいで鳴らしきれていなくて評判ほどの音には感じられず、後になってヘッドホンアンプを通してみたらまるで違うヘッドホンに変身したかのように特性が変わって聴こえ、評判通りの音が出るようになったなんてのは良くある話のようです。特にヘッドホンアンプも高級である必要はありません。駆動力が充分に確保される事がまず重要です。



それでは、アンプを構成する主な部品について知っておきましょう。
  • トランジスタ または 真空管 またはIC
  • オペアンプ
  • コンデンサ
  • 可変抵抗
アンプは増幅装置であり回路です。その中で増幅を担当するのが、トランジスタか真空管もしくはそれに類する機能を持ったICチップです。
ICチップは極小トランジスタの集合体ですから、ICとトランジスタは同じものとすることも出来ますが、肉眼では判別できないほど小さな集積回路に組み込まれた極小のトランジスタ群よりも、ディスクリート構成で組み込まれた三本足のトランジスタの方が大きな電力を得られ、オーディオ用として適したグレードの音を産み出せるだけの出力となります。
真空管はオーディオ用の機器に使われているのを目にすると思いますが、真空管はトランジスタが普及する半世紀も前まで遡る古い増幅用部品で、個体のサイズがとても大きくなってしまうのと、電力の多くが熱となるため効率が悪く、機器も高温になってしまうなどまるで良い事が無いように思えてしまうのですが、特有の「温かい音」が代えがたい魅力を有し、実際に温かくほのかに光る真空管の姿を見ているだけでも心がほっこりしてくるような気がしますし、その存在こそが「アナログ世代」や「レコードこそ最高の音声記録媒体」とする人たちのアイデンティティを主張する切り札でもあるので、一定の需要を持っています。なにせ真空管を現在も製造しているメーカーはロシアに一社しか無く、オーディオ用途で人気が高いせいで生産が追いつかず価格は上がる一方、なんて話もあったぐらいです。

次にオペアンプ(OPAMPとも書きます)ですが、これも実際にはトランジスタが集積されたICです。
敢えて別に書いたのは、オペアンプは電圧利得(電圧の増幅量)が非常に大きく特化した部品となっており、ノイズの発生も少なく、アナログコンピュータの演算に用いられる部品でもあることから精度も高いなど、増幅用には最適の部品となるためです。
そして、オーディオ用の部品として「ブランド化」されている部品でもあります。特に名前を良く聞くのが、新日本無線(JRC)の「MUSES」シリーズや、Texas Instruments(TI)の「Burr-Brown OPA」シリーズです。
Hi-Fiクラスのオーディオ機器で、アンプを搭載した機器には当たり前と言っていいほどに、基板上に搭載しているオペアンプの型番がカタログや製品ページに「売り」として記載されています。それだけ、音質にも直結する部品と言えます。
実際にオペアンプの交換により、アンプの音がまるで性格を変えてしまうことがあります。そのため、オーディオファンには所持するアンプ内に実装されたオペアンプの交換を行って楽しむ人も少なくないようです。

そしてコンデンサ。またの名をキャパシタ。電荷を蓄える部品です。
電力の貯蔵庫となるので、増幅した電力を一時的に蓄え、必要となる量を送り出します。そのため、コンデンサの容量が大きいほど、アンプの駆動力が大きくなります。先に書いた駆動力の大きさに直結するのは大容量のコンデンサの搭載とも言えます。なお、この「電力を蓄えて駆動力を得るための大容量のコンデンサ」は、音の信号を増幅するための回路ではなく、電源の回路に組み込まれます。アンプと一言で言っても、機器としてのアンプは電源を増幅回路で使える仕様に変換する回路と、実際に音の信号を増幅する回路は別に存在し、基板も分かれていることがほとんどです。それぞれの回路で周波数特性が異なるため干渉して、電磁ノイズが混入しないように工夫されていたりもします。
また、電流の交流のみを通し、直流を通さないという特性があります。その特性を用いて、電流を安定させたり、ノイズをカットする「フィルタ」として活用されます。こちらは音の信号を増幅する回路にも入っています。
よって、搭載したコンデンサの特性や組み込み方で大きく音の特性が変化します。

最後の可変抵抗は、解りやすく言えばボリュームつまみです。抵抗値が最小の時に、最大のボリュームが得られ、抵抗値を増やすごとにボリュームが小さくなります。増幅回路で得られる音量は常に一定(最大)であり、可変抵抗により下げていき、リスニングに適した音量にします。
可変抵抗はその名の通り単なる抵抗なので、音には極端な影響を及ぼしませんが、低品質なものだとボリューム調整時にノイズを伴ったり、調整が思うように行かなかったりします。最小にしても音が出たりとか、最大にしても音が充分に出なかったりだとかの「遊び」ができてしまったりもします。遊びについては構造上仕方がない場合もあるようで、高級機には対策が施されているようです



ちょいと長くなりましたが、要はインピーダンスの高いヘッドホンを鳴らし切るだけの駆動力を産み出せるアンプには、オペアンプのように利得の大きいチップや、大容量の電源用コンデンサが必要ってことですね。
つまり、機器として一定の大きさが必要になってしまうとも言えます。

とは言え、ヘッドホンを鳴らす程度の電力は、大きな音を鳴らすスピーカーほどは必要ありません。なのでスピーカー用のアンプほどは電源や増幅回路を大出力のものにする必要はありません。
となると結局は、ポータブルオーディオプレイヤーに載っているICアンプで充分であり、ヘッドホン専用にアンプを用いる必要は無いのでは、と思われてしまいそうですが、そこは「A級動作」などの言葉が出てきてさらに長くなってしまうので、こちらでは以上で締めといたします。



では、もっと理解しやすいように例えをしてみましょう。
ヘッドホンアンプは、自動車で言うところの「3000cc以上の排気量を持つ高級車」だと思ってください。排気量が大きい車はエンジンのトルクが大きく、加速がスムーズで、かつ短時間で100km/hに到達します。重い物を搭載しても加速力はそれほど落ちません。急な坂道も楽々登ります。余裕の大きい走りができます。
対してポータブルオーディオプレイヤー内のICアンプは「660ccの排気量しか無い軽自動車」だと思ってください。すぐにトルクが頭打ちになるためスムーズな加速にはシビアなギアチェンジが必要となり、なかなか100km/hには到達できません。重い物を搭載すると低速ギアでトルクを保たなければならなくなるためギアを落とさざるを得なくなりスピードが落ち、それほど急でない坂道でも低速ギアにする必要があります。ほとんど余裕のない走りとなり、エンジンが苦しそうな悲鳴を上げ続けてうるさい事この上ありません。

上の例えは車を自ら運転したことのある人でなければ感覚として伝わらないでしょうが、言いたかったのは「実際に出すスピードは同じでも、駆動力(トルク)に余裕があったほうが何かと有利」って事です。駆動力はドライブとも言われますが、自動車もドライブするものですから親近感が湧きますよね。かなり使われ方は異なりますが。



以上、わかりやすいようでわかりにくいちょっとだけわかった気がするかもしれない「ヘッドホンアンプの存在意義と恩恵」の説明でした。
オーディオ全般に言える事ですが、百聞は一見にしかず、ではなく、百見は一聴にしかず、です。実際に聴き比べしてみるのが理解の近道。
ヘッドホンアンプを視聴できるお店として思いつくのは、大阪・日本橋と東京・秋葉原に店舗がある「e☆イヤホン」や、同じく秋葉原にある「ヨドバシAkiba」です。これらのお店であれば、複数の環境で試聴できますので特性が掴みやすいでしょう。
ワタクシは秋葉原がメインの人なので知らないだけで、これ以外にも試聴できるオーディオ専門店なんかはいくらでもあると思うので、最寄りのオーディオ専門店またはオーディオコーナーが充実している量販店などに足を運んだり、問い合わせてみてはいかがでしょう。