冷たい雪が降る季節にすれ違っていった関係。心を閉ざしたくなるような厳しい現実問題に直面し、解決にはしばしの時間が掛ることを許容して、やがて時間が解決してくれるのを願う。まるで冬に凍りついて固まった雪が、春になって解け出してくように。
冬を越え、春が来て、雪が解け、春の陽気に当てられて心に積もっていたわだかまりも解けていき青春の華やかな日々が春色に彩られます。
そして春になれば、学生たちは進級し、新入生が入学し、最上級生は卒業していきます。
始まりの春。そして、終わりの春。

テンプレ通りだとそんな文面が当てはまりそうな展開になりそうですが、そこまでドラマチックに脈動をうねらすこともなく、変わらぬスタンスのまま春を迎え、越えて行こうとしているのがこの作品らしいところです。
地味といえば地味ですが、これが確かに青春の有り様です。そんなにドラマチックにばかり展開するばかりではありません。後になって振り返ってみて、なんであの頃はあんな事してたんだろうな、もっと思い切ったことをすれば良かったのに、と思うのが青春ってものでしょう。青臭い、些細な事に妙にこだわってしまうのが、青春が甘酸っぱい所以です。

大げさなロマンチックさとドラマチックさを盛り込んだ作品よりもずっと、リアルな感覚を呼び戻される分、ゾクッとしてしまう作品が、この評価という作品の地味ながら鮮烈な魅力といえるでしょう。

さて、ノリで始めた氷菓の感想記事も、22回目を迎えました。
そうです、今回が最終話。完結篇です。フィナーレです。
無事、完遂することが出来ました。作品の魅力におんぶにだっこして続けられた感想記事でしたが、おかげさまで達成感を得ることが出来て嬉しいです。ここまで途絶えること無く続けられたのは、毎回、形に残したくなるような素敵なお話を提供してくれたからに他なりません。本当にありがとうございました。
タイトルの前にある通り、このブログでやってきたのは【アニメ感想】であって、原作小説の内容を受けての比較考察ばかりでしたので、純粋にストーリーに対する感想はほとんど書いていなかったように思います。結果として物語の本筋が見えにくい事からネタバレは最小限に抑えられたようにも思いますが、物語の妙と言いますか、この作品の真なる魅力は伝えられなかったようにも思ってしまうところです。まあそれはワタクシ自身の伝達能力の不足も多分にあるのですが。
安易にネタバレするよりかは、こうした形で端的に作品性を掲示した方が、未視聴の人にとってはプラスに成るんじゃないかな、と都合の良いように捉えてみたりします。ガチな感想サイトじゃないので、想定外の流れでここの感想記事を目にしてしまう可能性も高そうですからね。

そんなワケで、今回もストーリーには触れません。ラストですが、総括は以上で終わります。一般的な感想記事とは毛色が違うでしょうがご了承ください。

今回の注目はコスプレ、じゃなくて生き雛衣装。千反田さんはもちろん、入須先輩のもあります。
原作小説では、今までそれほど気に留めていなかったホータローが、ついに千反田さんの女としての魅力をゾクリと感じてキュピーンと惚れ込んでしまうような描写が、そこまでわかりやすくはないもののあったのですが、アニメ版のホータローは早い段階から千反田さんラヴというか妄想の対象というかオカズにしていたフシがあり、原作から感じていた「あ、ようやくホータローと千反田さんの恋愛物語も描かれていくようになるのかなコレ」という空気は既に無く、まーたホータローが千反田さんに気を取られてるよこの盛りの付いた獣め、と思う程度に留まってしまったのですが、生き雛姿の千反田さんがアニメのキャラデザで魅力的に思える「クリクリとした大きな瞳でコロコロと変わる表情が可愛い」なる要素がごっそり削ぎ落とされていたため、そこでホータローが反応するのにはやや違和感がありましたが、元々が清楚な美人設定である事を思い出して、ならば似合っているんだろうな実際は、と考えなおすに至りました。何といいますか、キャラデザとキャラ設定の功罪がここに来て現れてしまった気がしないでもありません。
原作小説でこのシーンを目にした時はは「おおついに、季節が一巡りしてようやくホータローにも春が訪れる予感が!」と地味に盛り上がったものですが、アニメでは受けた印象がかなり変わったように感じられましたね。
あと、入須先輩はアニメ絵じゃ本人と判別するのは不可能と思えました。判別するためのパーツが目しか無いとか難易度高すぎます。普段の姿でも、カチューシャが無くなっただけで判別は厳しそうですからね。見た目よりも口調や態度に特徴のあるキャラですし。てか、せっかくだから語尾は「おじゃる」でお願いしたかったですね。残念ながらあの恰好のまま喋るシーンはありませんでしたが。
代わりにでもないでしょうが、生き雛祭りが終わった後にホータローと言葉を交わすシーンはありました。原作小説では無かった部分です。そしてきっちり、過去に取った態度についてフォローしていました。入須先輩はやっぱり格上の人間っぽい存在感がありますね。自主映画制作の件で、ホータローに対して冷淡な対応をした事が視聴者から見てもマイナスイメージになっていたのを、カンヤ祭のエピソードで千反田さんへの対応で視聴者からはおおよそ払拭できていたように思いますが、ホータロー個人にとってはまだ敵愾心を抱かせられる存在であったように思いますが、このシーンが入ったことである程度は二人の緊張した関係が氷解したのではないかと安心しました。
わだかまりが解消したことによって、これでまた入須先輩は心置きなくホータローを都合のいいように使えるという事ですね。

さて、このエピソードにおける犯人は、今年しか機会の訪れそうにない風景を写真に撮るために策を弄したようですが、この結果、どの場所からどの画角で写真を撮ったのかが気になって仕方がないのが同じ写真撮影を趣味とする人間として当然のことでしょう。
ワタクシが想像するベストショットとしては、あれだけの大きな桜なのですから広い画角いっぱいに収めることができそうですから、桜の木の真下で行列の足元から迫力のあるパースを描きつつ桜の枝ぶりを全面に収めるアングルを一枚と、遠い位置から望遠レンズを使って桜の木と行列をぎっしりと詰め込んだ一枚の両方が甲乙付け難いので、一人では撮影を完遂するのは無理です。ですから、犯人には協力者がいたと思いたいのです。いやまあ犯行そのものとは全く関係ない部分ですが。

最後を締めくくる千反田さんとホータローのシーンは原作小説でも屈指の名場面で、縁側でのほほんと夕暮れの景色を見ながら語られる、日常的な何でもないような、それでいて二人にとっては大きな契機となる場面なのですが、これがアニメでは縁側トークから展開して桜の下に赴くという、なかなかにドラマティックな演出が入っていました。映像が入るとなると、この桜を使った表現は是非とも使いたかったのでしょうね。いや、見事なものでした。
原作小説のさり気ないシーンの中に突如としてすっと入ってくる重要なシーンの展開も好きですが、アニメ版の華がある千反田さんの姿にはこのぐらいドラマティックな演出が良く似合いますね。
大変に素敵なアニメ化だったと思います。

今後、この作品がどのように扱われるかは気になります。続編はともかく、グッズ展開についてです。
当ブログ的にはフィギュアですが、作品もキャラも地味そうだし厳しいかなと思っていますが、例によって京アニオリジナルのED衣装フィギュアは出るようです。摩耶花のフィギュアがEDのようにベッドの上で丸まっていたり、伸びをしている姿のポージングだったら本気を出すかもしれません。でも、千反田さんがあのポージングですから可能性は低そうですね。
他には、ねんどろいどやきゅんキャラ程度で終わってしまいそうな気がします。まあ自分も、それらは期待していません。
千反田さんの「わたし、気になります!」と「チタンダエル」をネタに使ったTシャツやらアイマスクやらのジョークグッズ的なものは評判を呼んでいるみたいですね。すっかり千反田さんはネタキャラです。
それに対して、ダブルヒロインであるはずの摩耶花に関連するグッズが全く出てきそうにありません。リアルに許されるレベルのツンデレだったので、純粋に可愛らしいもののネタに出来るほどの特徴がないのが理由でしょう。残念ながら、摩耶花からジト目で罵倒されまくるグッズとか購入者を選り好みしまくりそうなものは出てこなさそうです。
入須先輩はまああんなものかと思う程度の人気ですが、それでも「入須先輩にひたすら苦言を呈されるCD」が発売される可能性は残されている程度には人気があるので期待は捨てないでおきたいです。
河内先輩が「ナコルル先輩」として人気を博したのは予想外でした。原作ではレイレイだったのもありますが、清純派の代表格であるナコルルというキャラが、SNK公認でドSキャラになってるのが実にエキサイティングな体験だったのはワタクシにも良く判ります。ワタクシもナコルル先輩に強制腋シコされて搾り取られたいです。
でも、だからこそレイレイコスが見られなかったのは残念ですね。すごく期待していたのですが。あと、ナコルルが出るならリムルルも見たかったわけで。示し合わせて摩耶花がリムルルコスをしてくれたら最高でした。摩耶花のリムルルコスを観てニヤニヤするのを、凍り付くような視線で睨み返されるプレイとか最高です。そうなれば里志も決心が付くでしょう。

最後まで脱線しまくりましたが、改めて皆さんには感謝を。
素敵な作品を作り上げてくれたスタッフの皆様。そして貴重なお時間をこの感想記事閲覧に費やしていただいた皆様。誠にありがとうございました。
誠に、Nice boat. のあらんことを。