異色の作品を生み出し続ける漫☆画太郎先生の作品の中でも、一風変わっている作風で、2巻分の連載で終了したマンガ「まんゆうき」が、このほど“まさかの新装版”として発売されました。

“まさか”? いや、そんなことはないですよね。

どうして、新装版で発売されることになったのか。
それは、表紙を見れば解ることです。
論より証拠。しかとご覧ください。

まんゆうき新旧比較

左が新装版。右が旧版です。

娘々は萌えの権化である。

時代はそう判断した、と言って過言ではないでしょう。
もしも、まんゆうきはおろか、漫☆画太郎先生の作風を全く知らない人が、この表紙を見て、勝手に“萌え〜”な想像を膨らませて、その内容を目の当たりにして思わず「はうあ!!!」と声を上げて失禁しまうかもしれない危険と隣り合わせの選択でもあります。なんとも罪深い事なんでしょう。

それはともかくとしても、ついにワタクシが萌え病をこじらせることになった原因のひとつであり、心象風景に深く刻まれることになり現在の人格形成に多大なる影響を与えた、その萌えパワーの強大さが、出版社のお墨付きとなったのです。
本当に感無量です。自分の信じた感覚が狂っていなかったのだと、誇らしい気持ちになりました。

真っ当な人生という意味では、とんでもなく狂わされた気がしてなりませんが。


いや、素直に嬉しいですよ。


あくまでも“新装版”であって、中身はまるきり同じなのが素晴らしいです。この15年で表現の規制とかそんなのはありませんでした。
まあ、天下の週刊少年ジャンプで連載されていた作品が、ビジネスジャンプ名義で再版されたような物なんですから、規制が強くなる理由はありませんでしょうけれど。

しかし、この娘々のぷりちーさは劇物なので、読者が萌え狂ってしまわないように、ある程度は規制すべきなのかもしれないなぁと余計な心配を抱いてしまうところではあります。

そして、世間の需要が娘々にあることを確信しているはずの画太郎先生は、この神懸かった娘々の造形を、早く取り戻し、珍遊記2に反映すべきです。現在の娘々には、当時からのファン達はきっと苛立ちを覚えていることでしょうから。
あんな、ぬぽーっとしたキャラは断じて娘々ではない、と。
あれは、僕たちが愛してやまない(でも病んじゃってる)娘々ではない、と。

まだ、我々のエデンは奉還されていない、と。


まあ、それをここに求めるのがそもそも間違っているだろうという意見は甘んじて受け入れますが。
しかし、そんなとんでもないポテンシャルを持ったキャラクターを、あのような作風の中に放り込んで、あげく主人公に据えてしまった画太郎先生の、若き日の過ちと運命の悪戯を呪うのは、もう辛いだけなんです。

画太郎先生および編集者は、この機会に乗じて「娘々写真集」(某ヨーコ的なもの)を作り上げ、15年もの歳月を想い募らせていたファン達に贈るべきだと思うのです。

画集の最後が
「お前ら何夢見てんだよクソが」 まさに外道
のオチでも一向に構いませんので。むしろ、画太郎ファンならそれもご褒美です。
きっと、ワタクシ達のようなクソ共は、嬉々として「いただきまんもすー!!!」と奇声を上げながら飛びつくことでしょう。


そして、一人残らず萬々様に食されることになるでしょう。

完。