今日はとてもショッキングな場面に立ち会うことになったので、その事を書きます。

帰宅の途中。乗換駅である池袋で、居住地の沿線である西武池袋線は、2つの人身事故が起こっていたらしく遅延をしていました。
ごった返すホーム。特に急行が停車する5番ホームは、人波を掻き分けるのも難しいくらいの混雑ぶり。
そして、このホームは4つの島に分かれ、それぞれが見通せるフラットな仕様。一般的なホームの形状と言えるでしょう。
もちろん仕切りはありませんので、ひしめきあう人々は、常に足下を注意しながらホーム上を歩かなければなりません。
油断をすれば、線路上に落下してしまうのですから。

そして、起こるべくして起こりました。
おそらく酒に酔っていたのでしょう。ひとりの男性が、おぼつかない足取りとハッキリしない意識からか、それともうごめく人並みに不意に押されたのか、線路内に落下してしまいました。
そして、それが起こったのは、間もなくそのホームに電車が到着する旨のアナウンスが流れ、遠く電車の前照灯が見えるタイミングでした。
一刻も早く、対処をしなければなりません。
目の前で、悲惨な人身事故が起こってしまう可能性があるのです。

しかし、緊急を知らせる音は鳴りません。
反対のホームから誰かが飛び込みました。救助をするためです。
落下した人を、ホームの下のポケットになっている場所に押し込み、待避させてからホームの上に戻りました。
この行為を実施した人には、素晴らしい勇気と行動力から賞賛を送りたいと思います。
よくやってくれました。

しかし、それだけではまだ危険は去っていません。
意識が朦朧としているらしく、再び線路上に這い出てくるような仕草を見せています。おそらく、ハッキリとしない頭で助かろうと考えてはいるんでしょうが、今そこに出ると電車がやってきて、逆に危険となってしまう状況ということを呑み込めていないんでしょう。
事態は一刻を争いました。

しかし、緊急を知らせる警報は鳴りません。
このままでは、終点のホームであるから減速しているため、運転士が気付いて自ら緊急停止を行い、未然に防げる可能性は高いとはいえ、可能性がないわけではありません。いち早く緊急停止を促すためエマージェンシーを送らなければなりません。
それを行う最も効果的な手段が、駅のホームには用意されています。それが発動すれば、警報が鳴ります。
でも、それが鳴らないということは、そういうことです。

私は左右を窺い、ボタンのありそうな場所を探し、およそ10mほど離れた場所にある“それらしい”ボタンを押しました。
そして、警報は鳴り始め、すでにホームの入り口まで来ていた電車は停車しました。
これでようやく、最悪の事態が起こる可能性はなくなりました。

遅延のために、ホーム上は人で溢れています。
多くの人が、ボタンを押すことが出来る位置にいました。私が電車を待っていた位置から、およそ50人ほどは私よりもそのボタンの近くにいたと思います。
しかし、私が押すまでそのボタンが押されることはありませんでした。

この理由は何でしょうか?

一番あって欲しくない理由は「他人のことなどどうでもいいから」ということですが、ボタンの近くにいた人のほとんどはそんな考えではなかったでしょう。
妥当なところですと「思い掛けない事態に何も考えられなくなっていた」とか「どうしたらいいのかわからずパニックになっていた」といったところでしょう。日頃から緊急時のイメージトレーニングができていない人が多くいるのは残念ですが、そういうことと考えるしかないんでしょう。

しかし、私が感じた大きな理由は“このボタンの存在と意義が気付かれていなかった”ことだと思います。
何しろ、そのボタンが必ずあるということを知っていた私でさえ、そのボタンがどこにあるのか探すのに少し時間が掛かり、さらにそのボタンがそのものなのかを、押すまで確信できなかったからです。

語弊や偏見を与える表現になることを承知で言わせてもらいますが、これは鉄道会社の過失だと思います。
せっかく用意された「安全装置」を、その役割を全うさせるためのアピールを怠り、無意味にさせてしまったかもしれないのですから。
単に無意味なことになるだけなのであれば、せっかくお金を掛けて設置しているのにもったいないよなあ、で終わるのですが、この装置に関してはそれに留まりません。
その役割が、人命をも左右しているからです。


客足を呼び込むための広告やPOPは、至る所に設置され大いにアピールされています。こちらに聞くつもりが無くても、耳に入ってくるように配備されています。
しかし、この緊急停止ボタンは、その存在を事前に広く告知することや、POPなどを取り付けてアピールすることが不足しているのではないでしょうか。
電車を利用する誰もがその存在を知っておくべきなのに、こうして「いざというときにその役割を為さない」としたら、知っている人がまだまだ少ないと言わざるを得ません。
実際にこのような事態に居合わせて、体験して、その事実を確信しました。

西武鉄道には、緊急停車ボタンの存在を電車の利用者全てに知ってもらうための告知活動を積極的に行い、遠くからでも「緊急を知らせるためのボタン」であることを一見して気づけるような見せ方を工夫し、半ば利用者に知ることを義務づけるぐらいの意気込みでアピールしていって欲しいと思います。
もしも、利用者がボタンを押すのに戸惑いを感じるというのであれば、半ば洗脳的にでもいいので「緊急時にはボタンを押そう!」というビラでも配って、反射的に押してしまうくらいにまでして、ちょうどいいんじゃないかと思うのです。
当然、いたずらや、ちょっとしたことで押してしまうことが頻発すると鉄道会社としては大損失を招くので、そんなことはしたくないでしょう。それは当然予測できます。
ですが、その考え方によって痛ましい人身事故を防ぐ機会を逸しているとしたなら、それこそ大損失だと思います。
会社として考える前に、ひとりの人として考えて、改善を行って欲しいです。


ともあれ今回の転落事故は、転落以上の事故とならずに済んで良かったです。
人身事故が2つ起こったことにより混雑したホームで、引き起こされてしまったと思われる「負の連鎖」が、断ち切れたことを素直に喜びたいと思います。
そして将来には、少しでも電車がもっと快く使えるようになることを、喜びたいと思います。
みなさん、お願いしますね。


▼ 補足
正直なところ、私もしばらく反応することが出来ず、ただ目の前の出来事を眺めるような状態に陥っていました。
なので、ボタンが押されなかったことに対して、私より近くにいた人たちを責めるのは、自分のことを棚上げにした勘違い発言にしかならないでしょう。
でも、私が押すまで誰も押すことがなかった現実には、残念な気持ちを抱くほかありません。
ちなみに、通常は押さない(押してはならない)ものなので、それは貴重な体験だと思いますので、押した人としてボタンの感触お伝えしますと、表面はいかにもゴムの弾力があり、ボタンとしてはカチッとした押し心地がありました。(西武池袋線池袋駅3番ホームの緊急停止ボタンとして)